聖書日課 (「聖書教育」誌「準備のための聖書日課」の箇所より) by 坂本牧師

マタイ福音書6章5~15節 「赦すことと赦されること」 2月28日

2017-02-28

主イエスが「祈り」について教えている箇所です。7節に「くどくどと祈る」姿を批判していますが、これは当時、世の神様のリストが売られており、あの神さま、この神さまとくどくどと祈る様子なので、決して長い祈りを否定していることではありません。そして主イエスは簡潔にして深く織り込められた祈りを教えました。12節の「負い目(=罪)の赦し」について、「私どもが赦したから」その条件で「私どもも赦される」と理解すれば福音を間違えてしまいます。「他者への赦しは、自己の罪の赦しの条件ではなく、隣人を赦すことと、神に赦されることがいわば不可分の関係にある」(関田寛雄)のです。それを14~15節で主は説明しておられます。そして、すべてをご存じの主を信頼し祈るのです。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 日本バプテスト連盟 引退教役者の方々を覚えて。古川(こがわ)良男氏(神奈川県在住)、児玉振作氏(東京都在住)

ダニエル書9章1~19節 「悔い改めの祈り」 2月27日

2017-02-27

「四旬節(レント、イースター前の日曜を除く40日)」の開始日である「灰の水曜」、今年は3月1日です。その直前にカーニバル(謝肉祭、「肉よさらば」の意味でレントから節制する)が行われます。カトリック教会を中心に行われる「灰の水曜」は、公に悔い改めを祈り、そのしるしとして、灰を頭や額に塗り祈るのです。今日の聖書箇所にあるように、祈りと共に断食がなされることもあります。ダニエルのように先人が犯した罪も自らのことと認め、「憐みと赦し」の主の前に悔い改め、御言葉に従うことを誓い、主に嘆願するのです。最近「教育勅語」を教育の中心に据えている幼稚園の問題が出てきましたが、悔い改めなき、忌まわしい過去は今もとりついています。今日はM・Sさんのお誕生日おめでとうございます。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 米国日本語教会連盟。米国で日本語で礼拝などが行われているバプテスト教会の団体です。祈りの課題は以下です。①聖書の教えに忠実な群であるように。②魂の救いのために働く群であるように。③互いに祈り支え合う群であるように。

マタイ福音書14章22~33節 「二歩目の信仰」 2月26日

2017-02-26

この箇所を読むと浦和教会の廣島牧師の話を思い出しますが、書こうとしても余り覚えていないのがわかりました。とにかく「2歩目の信仰」とお話しくださったのです。ペトロはイエスを見て、そして近づくことがゆるされます。しかし、二歩目で彼は強い風に気が付き、溺れそうになるのです。1歩目は「よし!いこう」と進むのですが、そこで、様々な現実を見る時、疑問や疑念、恐れ、心配が襲ってくるのです。クリスチャンになって、その歩みを始め出した時もそうかもしれません。でも、そこで「主よ、助けてください」と言えるのが信仰です。自分でできるわけではありません。主が支えてくださるし、ペトロは溺れそうになった時に主の御手とつながったのです。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 連盟臨時委員会の働きを覚えて。「平和宣言推進担当者会」「憲法改悪を許さない私たちの共同アクション」「東日本大震災被災地支援委員会」「同 現地支援委員会」

マタイ福音書12章22~32節 「主は赦すゆえに」 2月12日

2017-02-12

この箇所には大変重要な主イエスの言葉があります。31節「人が犯す罪や冒涜は、どんなものでも赦される」、人間に対する完全な赦しが主なる神ご自身から与えられています。しかし神が赦したにも関わらず、神の赦しを人間が否定し、まだ救われていない、まだ信仰が不十分だと言って、神の救いを自分の領域に置こうとすること、「神の完全な救いを否定する者」=「霊に対する冒涜者」であり、神は赦さないのです。そうしないと救いが起こらないからです。神の赦しは、他者を赦し、共に神を見上げる者として生きることへと導きます。神の赦しは、裁きに早く、裁くことに強い我らに平和と平安を与えます。神に赦された者は、喜びと希望をもって主の道を歩むのです。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 南千里バプテスト教会。大阪府吹田市高野台3-10-8にあります。「北摂」と呼ばれる地域で近くには大きな団地があります。今、牧師はいませんがぜひみなさん行ってください。祈りの課題は以下です。①み言葉に立つ教会になるように。②信仰の成長を基盤とした教会形成。③近隣の方々への伝道が進むように。  代表役員・平田 信也

マタイ福音書19章23~30節 「天国はお金で買えないよ」 2月11日

2017-02-11

「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」とは、主イエスさまがユーモアを交え、微笑みつつ語ったところでしょう。当時も今も「金」がないとどうしようもない、「金」さえあれば神の国、天国にでも行けるという思いがありました。「さいごはお金さ」、それは今も変わらない人間の信仰心です。でも神の救い、それは、この世においても、死後においでも、救いは神の働きであり、神の一方的な恵みの業でしかありません。ペトロの問いと主イエスの答えは大きな隔たりがあります。ペトロは近い時代を、主イエスは永遠の時と捉えています。なお二九節以降は語るのが難しいのですが、ここでは迫害下の信徒の苦しみが想定されています。今日はS・Aくんの誕生日です。おめでとうございます。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 東豊中バプテスト教会。大阪府豊中市上野東2-11-48にあります。この教会の河野牧師は讃美歌の作詞なども手掛けています。とっても味わいのある先生だなぁと思っています。祈りの課題は以下です。①国民が聖書に触れキリストと出会うように。②共に信・望・愛に生き栄光を主に。③対話と相互の交わりから新創造へ。牧師・河野 浩

マタイ福音書21章32~46節 「御子をも送りし神」 2月10日

2017-02-10

 「ぶどう園と農夫」のたとえです。まず、主人はぶどう園をつくり、垣やぶどう絞り場や見張りやぐらなど一切を整え、そして農夫たちに貸して旅に出ます。収穫期になったので主人が僕を送りますが殺され、主人に収穫がわたりません。次々に主人は人を送りますが同じ結果です。ついに主人は自分の息子を送ります。しかしこの子も殺されるのです。異常な出来事です。主人はないがしろにされ、その努力も水の泡。これは神とユダヤの民の歴史であり、途中で送られた僕は預言者等であり、最後に送られた子はイエス・キリストのことです。それは赦されないことであると忠告しています。神の恵みに生きている者はきちんと神を礼拝することが誠の命の道です。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 和歌山中央バプテスト教会。和歌山市東釘貫丁1-2-1にあります。大阪中央教会の伝道所です。祈りの課題は以下です。①教会のリバイバルのために。②教会堂建築、教会組織と法人化のために。③文化教室活性化と対外伝道の拡大のために。 担任牧師・張 玉世

マタイ福音書21章28~32節 「主の教会に立ち帰ろう」 2月9日

2017-02-09

主のたとえ話です。父の申し出を兄は最初に断りますが、後考え直していきます。弟は行くと言いますが、結局実行しません。どちらが父の望みをかなえたのか。答えは誰にも明らかです。私は信仰している、神さまを信じていると言いながら、礼拝をせず、聖書の言葉を開かず聞かず、生活は神の思いから離れている姿を主は批判しています。むしろ今、主イエスの言葉を聴き、新たな行動を始めた人々、人々から「救いようがない人々」と言われてきた者が主の救いに与るというのです。クリスチャンというのは、礼拝をし、常に御言葉によって新しく生きることへと招かれている人々のことです。さあ、あなたも教会に帰りましょう。
<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 大阪中央バプテスト教会。大阪市中央区島之内2-5-9にあります。大きなビルです。在日や滞日の韓国の方々やもちろん日本人も多くいらっしゃています。祈りの課題は以下です。①真の弟子となる教会となるように。②文化教室が活性化されるように。③次世代を育てる教会となるように。牧師・威光玉、副牧師・河亨植、伝道師・文連子、蔡永伊、内藤希代

マタイ福音書12章9~21節 「病んでいる人は誰か」 2月8日

2017-02-08

 人が道具のように扱われることがあります。この日、安息日に会堂に入ってこられた主イエスに対し人々が「片手の萎えた人」をイエスを裁く道具にし、安息日に主イエスがその人を癒すかどうかをテストするのです。イエスが癒したら律法違反の罪を犯したと言い、癒さなかったらイエスは「癒すことができない」と言いふらす予定でした。主イエスは律法のより深い精神と意味を語り、そして癒します。人の病はどこにあるのでしょう。手が萎えて辛い状況を持った人への痛みに対する配慮や心配はなく、その人が癒されたことに何の喜びの思いを持たず、今後はイエスを殺す相談を始める人間。病んでいる世界はこのような世界であり、それは今も確かに存在します。今日はK・Mさんのお誕生日おめでとうございます。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 大阪旭伝道所。大阪市旭区新森7-1-5にあります。「平和の子保育園」を会場として礼拝しています。祈りの課題は以下です。①新来者・求道者増加のために。②集会場所の確保のために。③後任牧師が与えられるように。 牧師・中島 義和、副牧師・中島 久子

マルコ福音書9章38~41節 「『味方』とする『見方』」 2月7日

2017-02-07

イエスの力や働きが世に知られるにつれ、イエスの名を語って癒しをする人等が現れてきます。すぐに偽物が出てくるのです。それを止めさせたい弟子達ですが、主は「わたしに逆らわない者は、わたしたちの仲間」と語ります。ここで注目すべき点は主イエスは「味方」をする見方を大事にし、敵をつくらないようにしたことです。敵とするとき、対立的になり、違いを強調します。一方、「味方」だよね、と語る時、協力者や援助者としての広がりが始まるのです。この違いは大きい差になります。教会もまた、多くの支援者や援助者、直接教会に関わらなくとも、仲間(シンパ)として見てくださる方がたくさんおられるし、それが伝道の働きにもつながるのです。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 日本バプテスト大阪教会。大阪市天王寺区茶臼山町1-17にあります。最近「あべのハルカス」という高層ビルや天王寺動物園などが近く、駅から歩いても近い場所にあり、つい先ごろには新会堂ができました。この教会の牧師の下川先生は一見、住職のように見えますが、牧師です。祈りの課題は以下です。①一人ひとりが大切な存在とされるために。②礼拝と祈祷会の広がりと充実のために。③病床。ご高齢の方々の快適と平安。牧師・下川 俊也

ルカ福音書11章14~23節 「宣教を邪魔する人々」 2月6日

2017-02-06

 「悪霊」という言葉はちょっと恐ろしいと感じる方があるでしょう。「悪霊」とは神の良き思いに対抗・抵抗する思いであり、力であり、時に人格的に働きます。人間の力が及ばない病気や不幸と言われるもの全般が「悪霊」のせいにされてきました(すべてがそうではない)。「ベルゼブル」は「蝿の王」という意味で悪霊の親玉と考えられていました。ここでは悪霊を追い出し、人に癒しと平安を与えた方イエスこそ悪霊の主人であると人々から言われます。主イエスは人々を悪の力や不安から解放した方として歩まれたのに、逆のことを語ってイエスの宣教を邪魔する人々がいたのです。その人々もまた、主イエスの恵みを見ようとしない悪霊に囚われている人なのです。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 日本バプテスト連盟 田辺キリスト教会。大阪市阿倍野区播磨町2-6-12にあります。この教会の喜多村牧師は小さなハープを演奏されます。心優しい方です。祈りの課題は以下です。①弱さをかかえている方々のために。②求道者のバプテスマ決心のために。③地域の中に福音が届くように。牧師・喜多村やよい

マタイ福音書11章2~19節 「本質を見る眼差し」 2月5日

2017-02-05

「今の時代を何にたとえたらよいか」と主イエスは、子どもたちの歌をからませ語ります。今の時代は「笛吹けど、踊らず…」。人々は洗礼者ヨハネでも主イエスでも、無視をし、自分には何も関係もない、関わりたくないと言い、そのための理由づけを考えます。禁欲的なヨハネを見ると悪霊だ、イエスを見ると罪人の仲間だと、人はとかく文句をつけたがるのです。私たちは表面的にしか人を評価しないのです。「表面的」とは、そこに何かの色眼鏡か、何かのブランド意識か、他人の目が意識されて、素直な目は失われ、その本質を見ることができません。でも、主イエスの言葉を、自分の人生に深く関わることと思う時、人は新たな発見をするのです。今日はO・Mさんのお誕生日おめでとうございます。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 平野バプテスト教会。大阪市平野区平野東4-4-13にあります。最も大阪らしい場所です。この場所にペンシルのような教会が建てられています。「大阪のおばさん」と親しまれてきたこの教会の中村尚子牧師は3月末をもって、平野教会牧師を辞されます。色々お世話になった方、3月中に平野教会に行きましょう。祈りの課題は以下です。①新会堂建築等、新しい教会のビジョン。②子ども、若者たちの信仰の成長。③4月以降の教会の歩みのために。    牧師・中村尚子

マタイ福音書16章1~4節 「ブランドに惑わされないで」 2月4日

2017-02-04

律法に厳しいファリサイ派と上流階級で政治を動かす側にいたサドカイ派の人々がやってきます。彼らは言います「天からのしるし」、つまり神から来た者なら、その証拠やサインを見せよ、と。「しるし」は誰かにとっては卒業証書であり、難しい業を見せたりすることであり、推薦状を見せることです。イエスが今も生きている、と教会は語ります。でもお見せするような証拠はありません。私どもは「しるし」がついていればすべて本物と思うのでしょうか。実際に使ってみてわかるものです。偽ブランドでも信じたらその気になるのです。信仰はブランドでなく、生き様です。主の心を知り、その心と生き様が響く時に、主イエスはあなたと共にいることがわかるのです。今日は立春、良い春が皆さまに訪れますように。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 日本バプテスト連盟 シオンの丘教会。大阪府藤井寺市藤ケ丘1-7-12にあります。シオンの丘というので、少し山の上の方なのかなーと思っていたら、住宅地の真ん中でした。今後駐車場も広がっていきやすくなると思います。祈りの課題は以下です。①教会生活を守る喜びと確信が、教会員の中に満たされ、中・高・青年たちに受け継がれていくように。牧師・坂田 浩

マタイ福音書13章18~23節 「春を待つ心」 2月3日

2017-02-03

この箇所は13章冒頭から始まる「種を蒔く人のたとえ」の回答編です。御言葉は「種」であること、そして種が育たない理由が記してあります。そして「種」は御言葉であり、私どもの「命」そのものかもしれません。植物を育てようとする時、誰でも良き実り、美しい花を描き、準備して育てようとします。しかし、根が育ち、芽が出るには時間がかかります。開花の時期が2週間でも、植え付けから、数カ月かかる時もあります。インスタントな信仰も、インスタントな心の成長は有り得ません。急がず、慌てず、諦めず、時を待ち望むのです。そこに希望がありますから。そして、種まきと収穫を繰り返しながら、畑は肥沃な土地へと変わります。明日は「立春」。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 日本バプテスト連盟 東大阪キリスト教会。東大阪市花園東町1-20-19にあります。祈りの課題は以下です。①自立40周年、キリストと共に次へ。②我教会、ここにキリスト生きて在り。③主がご入用なのです、弱い小さい私。 牧師・柴田 良和

マラキ書3章19~24節 「旧約聖書最後の言葉」 2月2日

2017-02-02

「マラキ」は「わが使者」という意味で、人名ならば聖書唯一で、人名ととるか、書名とするのかは見解が分かれます。内容はイスラエルへの神の愛で始まり、契約の義務を遂行するようにとの招きで終っているように、神と民の関係性がテーマであり、契約を導かれた主がマラキ書の中心です。全55節のうち46節が「わたし」(主)と「あなた(がた)」(イスラエル)との対話形式で記されています。そして預言者エリヤの来臨が語られますが、エリヤをイエス・キリストと読んで良いと考えます。なお今日の箇所は「口語訳」や「新改訳」では4章になっています。ヘブル語原典に従い、4章は3章に組入れられました。新共同訳で1章減ったのには気づきませんでした。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 関西黎明キリスト教会。東大阪市上小坂3-6-9にあります。この教会の牧師夫妻は「里親」運動に参加し、実際に「里親」となっておられます。祈りの課題は以下です。①求道者の方々のバプテスマ決心。②教会の将来と若い世代の成長。③社会的養護の子どもと里親の必要。牧師・江田 治男

イザヤ書61章1~11節 「恵みの晴れ着をまとって」 2月1日

2017-02-01

 「主はわたしに油を注ぎ…」の「わたし」は「油注がれた者」を意味する「メシア(=キリスト)」であり、この方をイエス・キリストと解します。またイエス・キリストご自身、ナザレの会堂でこの箇所を朗読し、「今、この御言葉が実現した」と記されています。そしてこの言葉のように主イエスは歩まれたのです。自分の貧しさを知る者、打ち砕かれた心を持つ者、捕らわれ不自由に生きる者、それら辛さや痛みを負って生きる者は今、主の前に出るがよい。自分の誇りや能力、力あると自負する者は信仰の道に入れません。主は弱き者、打ち砕かれた者の側に立ち、彼らを愛し、救いの衣、恵みの晴れ着を着せ、喜びの命にかえてくださるのです。ハレの日の喜びここに。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 日本バプテスト連盟 堺キリスト教会。大阪府堺市北区中百舌鳥町6-1040-44にあります。駅からとても近い場所にあります。祈りの課題は以下です。①主日礼拝の更なる充実のために。②伝道・教会形成が祝されるように。③信教の自由・政教分離確立のために。牧師・平良 仁志

イザヤ書35章1~10節 「嘆きと悲しみが逃げ去る時」 1月31日

2017-01-31

34章では神の裁きとしての破壊が語られますが、35章では、神の救いは荒れ果てた地を繁栄に回復させることが告げられます。ここにおける「救い」はバビロンからの解放であり、異邦人の救いであり、キリストにおける救いと読めます。2節の「カルメル」は地中海に突き出た半島、「シャロン」はそこから南に広がる美しい平野です。「戦争」を体験させられた人々は、傷つき、弱められ、恐ろしさに震えます。いや、戦争でなくても、人間社会の中で痛み苦しみ、歌えず、未来が見えなかった人々がいます。しかし、神の介入において、主が人間の罪と負債を「贖うこと」によって「永遠に続く喜びの歌」を歌いつつ「シオン」(エルサレムのことだが、広義で神がおられる場所)に戻ることができるのです。希望は失望に終わりません。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 連盟引退教役者の方々。北原末男氏(長崎県在住)、桐本恒雄氏(北海道在住)

イザヤ書26章1~19節 「復活を求める祈り」 1月30日

2017-01-30

   1節の「その日」とはヨルダン川の東側に住んでいた「モアブ」が滅ぼされた日です。モアブの滅びは「傲慢」がその原因であったと聖書記者は語ります。傲慢さは他者や他国を卑下し、自分達の利益のみを求める姿です。そしてユダの人々は神の正しい歩みに立ち返り、主の平和を求め、主の御名だけを唱えるように呼び掛けています。主に対する信仰なきところでの「苦しみ」は何も生み出さず、主への畏れある時にその「苦しみ」はよみがえりと命の回復へと人を導くのです。19節の「しかばね」とは「死骸」のことで、「わたしのしかばね」は単数、「死者」は複数形です。そして、主は戦時に人が隠したものを開き、失われた命の告発を聞き、正しく裁きを与えるのです。今日はK・Kさんのお誕生日おめでとうございます。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 日本バプテスト保育連盟。日本バプテスト連盟で幼稚園や保育所など子育てに専門的にかかわる機関をもつ教会の連盟です。祈りの課題は以下です。①施設に通う幼児と関係者の救い。②経営(50施設)の維持と安定。③子ども子育て支援制度の適切な対応。  会長・麦野 賦(伊集院教会協力牧師)

Ⅱテモテ2章8~13節 「『苦難』もまた神の恵み」 1月26日

2017-01-26

この手紙が記された時代、周辺諸国との有事や緊張時に政府の命令で兵士として招集されることがあったことを背景に「キリストの兵士」として主に従い、霊的な戦いをすることが記されていますが、現代では比喩としてはふさわしくなくなりました。ただ言わんとすることは、福音に従う時に、苦難が生まれることがあるということです。「苦難」の具体性について何か一般的に言い得ることはできません。ただ、「苦難」はできれば避けたいけれど、逃げることができない時もあります。「苦難」を受容すること、向き合うこと、そこにおいてしか得ることができないものを賜物として頂くことができます。「苦難」は神の恵みとして向き合うその時、神の祝福がありますように。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> みささぎ伝道所(奈良キリスト教会)。奈良市山陵町850-6で集会をもっています。まだ始まったばかりの伝道所ですが、特に発達障害などをもっている親子などが喜び集える場所となっているようです。祈りの課題は以下です。①障がいを持っておられる方の守り。②岡村ゆり神学生の学びのために。③伝道所の経済が満たされるように。牧師・松原 宏樹

ルカ福音書21章7~27節 「積極的な忍耐」 1月25日

2017-01-25

「終末」の話は、昔も今も、どの時代においてもすぐ来るかのように語られてきました。最近でも「氷河期が来るので火星に移住せねば」等マスコミで語られています。この箇所に語られている内容は、歴史上、何度も起こったことです。天地異変や戦争が起こる時、その原因を判断し、それらが良い方向に進むように祈り行動すること、それが、「目覚めている」者の歩みです。70数年前には日本でもキリスト者や政府に反対する者がどれ程、無残に殺されていったことでしょう。今、あからさまな「信仰の苦難」は余りないかもしれません。でも、その戦いが家族の中で起こるかもしれません。「忍耐」は積極的な意味で神の救いを待ち望む日々であり未来を開くのです。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 日本バプテスト連盟 奈良キリスト教会。奈良市学園南3-14-12にあります。付属幼稚園として「リトルファンファン」が設置されています。子どもさんや障がいのある方、病気の方々に対する関わりなど、その温かい姿勢に敬服いたします。祈りの課題は以下です。①附属幼稚園が守られますように。②ホームホスピスの入所の方のために。③礼拝が祝されますように。牧師・松原 宏樹、協力牧師・横井 道継

Ⅰコリント4章1~5節 「すべてが明るみにだされるゆえ」 1月24日

2017-01-24

「スチュワードシップ」という言葉があり、「イエスの弟子の道、仕える歩み」です。一人ひとりの信徒は「神の恵みの管理者」にふさわしい歩みへと招かれています。それは神と人との前に隠し立てすることない公明正大な歩みです。実はその道の方が最終的に楽なのです。何か立派さを見せようとしたり、ない物をあるかのように言ったり、嘘をつくと結果的に自分を滅ぼしてしまいます。「これは内密に、内緒に」と言われる時、「なぜその事柄を内密にするのだろう」と不審に思います。さらにその人があちらこちらで、「これは内密よ」と話しているのを聞くと、自分のことをもったいぶり、自分は特別だと言いたいのだなと思うことあります。主は暗闇の言葉も明るみに出されることを忘れてはなりません。今日はT・Kさんのお誕生日おめでとうございます。

<日本バプテスト連盟 教会・伝道所を覚えての祈り> 和歌山バプテスト教会。和歌山市関戸1-2-30にあります。敷地内には「学校法人バプテスト学園 和歌山ひかり幼稚園」があります。長らくこの幼稚園と教会の代表者であった、調先生の娘さんが今、牧師、園長をされています。祈りの課題は以下です。①新来者が与えられますように。②会堂建築のために。③ひかり幼稚園の働きのために。 牧師・調 みくに

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